本質を理解した職人が生み出す本物の音色
物の形状を計った通りに図面に落とし込み、それを寸法通りに美しく成形する。それは、時間はかかるが技術を磨けば、実現する事ができる。しかし楽器においては木工技術ではなく"音色の表現"が最も重要な要素であり、それが最も難しい工程である。長い年月を経て変化し、完成された音色を奏でるヴィンテージにおいては尚の事、その細部にわたって形状を模倣するだけではその魅力を呼び起こす事は不可能である。
塩﨑氏は長年にわたりヴィンテージ・マーティンの研究を行い続け、その音色の本質を理解している数少ない製作家の一人。その研究は、トップ材の箇所によって異なる微妙な厚みの違い、表面上では判断できないブレイシング接着面の形状、接着剤の種類による張りへの影響、塗料の種類や塗膜の階層の分析、木材の加工面がどのように加工されたのかなどの工法や経緯の理解など、細部の目に見えない部分に至る。もちろん、それらは塩﨑氏の研究のごく一部であるが、長い年月をかけ様々な年式の実機を分解・分析し、一流の技術をもって再現・検証を繰り返された結果得られたものである。
ヴィンテージの音がする新品のギター
新品のコンディションで、ヴィンテージの音色を表現するという、ギター弾きなら一度は妄想する夢のギター。しかし、それは夢では終わらず塩﨑氏はSEAGULL by M.ShiozakiのAGED Seriesで実現した。"ギター製作家としての塩﨑 雅亮"と"マーティン研究の第一人者としての塩﨑 雅亮"の双方の技術と知識の集大成により生まれたシリーズである。同シリーズは、音にかかわる部分 (ギターの設計、トップ材とバック材のボイシング作業)は塩﨑氏が1つずつ手作業で行い、組み上げは国内指定工場、外観の塗装とエイジド・フィニッシュは専門のエイジド加工業者によって行われている。
サウンドの心臓部分であるトップ材とブレーシング材には熱処理されたトリファイド・スプルースを使用している。塩﨑氏曰く、このトリファイド材に刃を入れた質感が、経年変化した木材に酷似しており、ヴィンテージの成熟した音色を表現するのに適している為、同シリーズで採用されているとの事。また、氏は国内指定工場にも直接出向き、実際の加工担当者とヴィンテージの実機と図面を元に、入念な打合せと加工指導まで行い、徹底した品質管理にも余念がない。
塗装に関してもシビアで、下地のある階層までを工場で処理した後、わざわざ国内のエイジド加工業者にて仕上げ塗装とエイジド加工を行うようにしている。その仕上がりは通常の新品ギターの塗装よりもはるかに薄く、ヴィンテージ・ギターの木材に馴染むような質感となり、氏の求める音色の表現ができる。なんの感情もなく言ってしまえばギターは"空気を振動させる箱"である。しかし、情熱をもって、熟練の技術と知識と経験を注ぎ込み、最高の響きを生み出すのはこういった職人であると感じる。
『百聞は一見にしかず』ではないが、一度このギターの音を聴けばその素晴らしさを感じていただけるだろう。